Artist's commentary
魔性のマシュ「私服~休日デート~」
与太話「私服の休日」
「こんど所用で下界にー、時計塔に出向く用があるのだけれど、君もついてくるかい?」
カルデアは標高6000mに位置する施設。下界との交通手段すら乏しいが定期的に連絡用、物資運搬用のヘリが存在する。ヘリが往復していく際に、数少ない希望者がたまの休日を利用して乗り合わせることができた。
ーキングスクロス駅
「イギリスの天候と食事は最悪」と、そんな極端な風評がある。
でも実のところ降水量は日本よりずっと少ない。天候の変化が早いだけで、
一日中降る日は稀なのだと。
そう、先導者であるダヴィンチちゃんは言った。
「うん、ここまででいいよ。君を連れ出したのは…まぁ言うまでもないと思うけど、彼女といろいろ見て回って欲しいんだ。きっと良い経験になる」
所用は私一人で済む、きみたちは大いに観光でもしてきたまえ、
人行きかう中、大仰に手振りを交えながら言い捨て、足早に去っていくダヴィンチちゃん。
だがこちらに手を振るその眼差しは、少年の青春にいらぬ厚意を押し付ける、想像力豊かな親戚の叔母のような目だったのは、きっと見間違いではない。
手には、半ば強引に与えられたクレジットカードと小銭、いくつかのチケットが握られていた。
「…せんぱい。どうしましょうか」
ホームの隅ー、壁はレンガ、ベンチと自販機が設置されたスペースで、残された二人がたたずむなか、彼女は切り出してきた。とりあえず飲み物でも。。
「私は大丈夫です。水筒は、先輩の分まで完備ですから!」
マシュ…、全然隠しきれていないぞ…。本人は平静を装いたかったのだろうが、その誇らしげなようでいて実はただ落ち着いていない様子、目には期待と興奮で輝きを増しており、いまにもどこか走り出すのではないかという元気な子犬のような雰囲気をただよわせていた。
(ーかわいい)
なにせかなりレアな彼女の私服を見ることができた。ギンガムチェックのワンピースに、普段来ているものとはまた違う柄のパーカー、幼さを垣間見せる中に素材の良さが活きる大人めのコーデなのに、本人の頑張った感が愛くるしさの目盛りを乱暴に増やしてくれる。
開けた胸元はカルデア内での服でも、まして、トレーニング用のインナー状態でさえ見えなかった首元の肌をのぞかせる。鎖骨のラインが綺麗で、よくできた陶器のように繊細な骨の凹凸にも、―もし、物陰に連れ込みそこに口づけようものなら、のけ反り声を漏らすよう感覚を走らせる神経が備わっているのだろうと。
そう思うと、大事にしたくなる情愛と、触れてはいけないという理性と、すぐそこにある魔性に、精神は立ちすくんだままいくつもの方向にちぎられそうになって―
「先輩?」
ふと、剥き出しになっているひざや鎖骨のあたりに―、視線が偏っていることに気付いて、あわてて横へ逸らした。きっとこれはダヴィンチ・トラップだ。あとでどこを問い詰められ土産話を強要されるかわかったものじゃない。
自分が今やるべきことは、ダヴィンチちゃんのはからいを十分に活かし、かつマシュとの観光を、しっかり紳士として完遂することにある。グランドオーダー…!
せっかくの休日、彼女と満喫してやろうと、自らも意気を上げた。
ー
んふ。
いやぁ、笑みが止まらないね。まさに今の私は「モナリザの微笑み」そのものだろう。
マシュもあれで相当「予習」をしているからなぁ、
きっと少年の決意もむなしく、結局彼女がガイドをつとめきってくれるだろう。
まず「9と3/4番線」を見ましょうとか言うに違いない。
シャーロキアンよろしく名所にも立ち寄りたがるね、宮殿や寺院、いろいろ見て回って、きっと昼食でひと悶着あるんだぜ、きっと。
キングスクロス駅からじゃ「目的地」は遠いけど、乗り換えて来るも良し、ダブルデッカーなんかで移動するのもいいね。なにせどこを見ても彼女たちには新鮮そのものなのだから。
ひょっとしたら迷子になってるかもだけれど…いいか。そうやって徒然に過ごす一日こそ、あの二人の休日にはふさわしい。それにあの鯖たらしの少年にはぜひ、ソーホーあたりは直に歩いてきてもらいたいね。よし、無事に帰ってきたら夜に送り出してあげよう。
一足先に乗り換えた私、ダヴィンチちゃんは時計塔へ向かうー
ウエストミンスター駅を降りると、すぐそこは時計塔だ。
たぶん二人も近くを通るだろう。マシュはどんな顔するだろうな。あとで少年につけた映像記録用の術式をアーカイブしておかなくては、「おい少年、この視線の動きはどういうことだ。これが思春期か」と突っ込んでやろう
「あ、そうだ」
あとでナショナルギャラリーのほうに行きたいな。
トラファルガー・スクエアに面した美術館
あそこには「岩窟の聖母」
そしてヴェロッキオ師の「トビアスと天使」が展示されている。
トビアスとサラの出会いをなかば強引におしすすめ、悪霊を締め上げることでサラの願いをかなえるという、大天使ラファエルの伝説がもとになった絵―。
「まったくさぁ、
私のどこをモデルにしたら、そんな強引すぎるキューピッドになるっていうんだよ。」
画面の端に犬を描いたのは私なんだが、今見ればそんな気分があらわになった絵になってないか、いつかのレイシフトで心配になったのだ。
ふと立ち止まる、遠くにはそびえる建造物ー
テムズ川を渡ると対岸にロンドン・アイがある。彼らにはその予約チケットを持たせてあった。用事を済ませ暇をつぶしたあと、私がそこまでいけば容易に合流できるという算段だ。
一日デートで二人の距離はさらに近づき…夕暮れの観覧車デート…、一日の締めを過ごす二人きりの密接を期待してー、入ったロンドン・アイは25人乗りカプセル観覧車、そこから一周したのち降りた矢先に出迎えるダヴィンチちゃん。んー、オチとしては十分。
まさかそこからホテルに向かうような空気になってたりしたら、願ってもない波乱と淫靡と魔性の予感だけれど、予防線は張っておく。今日だけわたしはラファエルであり、少しだけアスモダイ役もこなす。でないと―アイツになんて言われるかわかったもんじゃないからね。
べつにちちくりあうことに文句はないよ。
ーただ、あの服は汚さず 大事にしたいと思っただけだ。
なにしろあの服はー
信号は変わり、日本と同じ左側通行の道路に車が停止する。
歩き出す私の頭上には、小雨の通り過ぎた空が広がる。
今日の天候は「虹」―
徒然なるまま平和に過ごせたなら、激務なき日の醍醐味である。
さしずめ「至福の休日」
よい一日を。これは、いつか過去の誰かが望んだ未来でもあるから―
End
ー
おまけ(偏見多めの補足、豆知識
・ソーホーは同性愛に理解のある、というか盛んな町
・ヴェロッキオ師の絵「トビアスと天使」の内容
サラは悪霊アスモダイに憑りつかれており、7回結婚するも旦那が全員初夜ーベッドイン前に死ぬという経験を経て、神に「なんとかして」とお願い。「オッケー悪霊しばくべし!縁結びするべし!」とラファエルはトビアスのもとを訪れ魚を獲り縁談をすすめ大天使は悪霊をしばいた。(詳しくはggろう)左下の犬はダヴィンチが描いた
・「岩窟の聖母」はルーブル美術館にも同じものがある。
・ロンドンアイは一周30分かかる