
Artist's commentary
妖夢のバレンタインデー
「あの・・・今、お時間大丈夫ですか?」夜、自室でくつろいでいると襖越しに妖夢の声が聞こえた。『構わないよ。遠慮せず、さぁ』私が快諾すると、妖夢は襖を開け部屋におずおずと入ってきた。左手に何か持っているようで、それを私に見えないよう後ろ手に隠していた。表情は軽く強張っていて、心なしか頬が紅潮しているように見える。『どうしたんだいこんな夜更けに』私が尋ねると、妖夢は私の対面に行儀よく正座し俯いたまま答えた。「は、はい。実は、今日は渡したいものがありまして・・・」『渡したいもの?』妖夢の言う渡したいものがその隠しているものだとすぐ察しは付いた。「今日は、その・・・特別な日だと聞きましたので、急造で申し訳ないのですが贈り物をと・・・」はて、今日は何の日だったか。『特別な日?何かお祭りごとでもあったかな』「いえ、そうではないのです。これは風祝の巫女から聞いた話なのですが、外の世界では2月14日に・・・その・・・」妖夢は依然俯きながら話している。もそもそと言い淀んでいて、何か罪の告白でもするかのようだ。「ば、ばれんたいんでぇと言うらしいのですが、えっと・・・近しい人にチョコを渡す風習があるのです。その近しい人というのは、ですね・・・」私は言葉を選び続ける妖夢の顔を少し覗き込んでみた。妖夢の顔はこれまで見たことないほど紅潮していた。そこで私は、これは罪の懺悔ではない、照れているのだと気付いた。妖夢がうつむいているのは私に後ろめたいことがあるからではなく、私に隠したい表情をしていたからであった。一呼吸開き、妖夢はその可憐な唇を開いた。「・・・想い人、という意味なんです」妖夢は顔を上げた。目が合った。「私のチョコレート、受け取っていただけますか・・・?」隠していた包みを私に差し出す妖夢。「・・・好き・・・です・・・」その時私は、妖夢がもう昔のように無邪気に笑う幼い少女ではなく、立派に恋する乙女なのだと理解した。