Artist's commentary
Untitled
千束が死んだ。
最期はあっけなく塔の上から落ちて落ちて、重力に引っ張られる果実みたいにぐしゃりと潰れた。わたしは強い喪失感と同時にわたしを縛る何かが抜け落ちていくのを感じた。
殺した。何度も殺した。不殺の誓いを犯す度に、殺してきた人たちがわたしに囁く。最期の言葉とその表情が頭から離れない。
壊れてしまいそうだった。いや、もうすでに壊れていたのかもしれない。体の不調を薬で無理やり抑え込む。
そんなわたしの前に現れたのが千束だった。千束はいつも快活な瞳に悲しさを滲ませ、こちらを見つめて微笑むだけだったが、わたしが苦しいとき必ず千束は傍にいてくれたのだ。
それだけでわたしは救われていたし、一緒だった頃のことをより鮮明に思い出すことが出来た。物言わぬ亡霊でも嬉しかった。
あれから、もう何人殺してきたのだろうか。憔悴しきったわたしの傍には変わらず赤い亡霊が佇んでいた。ひどく、ひどく疲れていた。
その目が、あのときの言葉が、千束の全部がわたしを苦しめる。
……どうして?どうしてわたしが苦しいのに千束はあの優しさに溢れた声をかけてくれない?どうして千束はそのしなやかな腕で背中を撫でてくれない?どうして、抱きしめてくれない?
……もう、うんざりだった。
わたしは亡霊に銃口を突きつけていた。
どこかで観たB級映画のラストシーンみたいなチープな花畑と、貼り付けたような青空が広がっている。
千束は変わらず佇んでいた。
走る。草花を踏みつけて。走る。誓いを踏み倒して。走る。死者を踏み殺して。
千束――――。
「たきな、もういいんだよ」
千束の手にはわたしの愛銃が握られている。その優しい銃口をわたしに向けて。涙はもう枯れ果てていた。
祈る。千束の初めての殺人に。
死者たちに背中を押されたとき、嗅ぎ慣れた硝煙の臭いが鼻腔を満たした。
――――cace××× 昏睡状態のエージェントに対しての投薬及び大脳前頭前野への外部刺激による実験。
以降経過観察。