Artist's commentary
転生したら聖剣でした
「皆の者、今ここに聖剣が降臨した! そなたらは、もうこれ以上、魔王に怯える必要は無いっ!!」
──おおぉ……
──本当に聖剣が現れたぞ……
──これで我々も救われるんだ……
その場に集っていた貴族と兵士たちは、国王の宣言を耳にして、口々に歓喜の声を上げた。
宮殿の広間。その中央に配置された台座に、確かに神々しいまでの聖剣が姿を現していた。かなり大振りだが、切れ味が恐ろしく鋭そうな銀色の刃。それを支える金色の鍔には美しい装飾が施されており、柄頭の部分にも何かしらのキラキラと煌めく宝石のようなものが見える。この国を建国してから今まで、誰も目にしたことのないような美しい聖剣。それが今まさに、望んでいた人々の目の前に顕現したのだった──。
***
(ま、まぶしいっ!!)
目が痛くなるくらいにギラギラとした光が、剣を襲った。末成剣(すえなりけん)。彼はつい先ほどまでは、地球の日本で平凡に働くサラリーマンだったのだが、交通事故に巻き込まれ、この世界に転生することになってしまった。しかも、聖剣という形で──。
(な、なんなんだ、この人たち?! どう見ても日本人に見えないし、この場所も映画でしか見たことないような光景だ。おまけに声も出せないし、体も動かせない……。いったいどうなってるんだ!!)
不安のあまり叫び出したくて仕方がなかった彼だったが、それは叶わなかった。彼のことなどお構いなしといった様子で、その場にいる者たちは拍手喝采し、歓声を上げ続けている。言葉はなぜか理解できるのに、誰にも自分の意思を伝えることができない。気が狂いそうになり、剣が意識を手放そうとしたそのときだった。
「大丈夫か?」
一人の男が、剣を台座から引き抜き、赤ん坊を抱っこするように優しく抱きかかえた。そして、心配そうな表情で剣の顔──正確には刀身だが──を覗き込んでくる。
彫りの深い整った顔立ち。年の頃は三十代前半だろうか。オールバックに撫でつけた髪と、顎や口周りにたくわえた髭は金色に染まり、瞳の色はサファイアのように青く澄んでいる。
筋肉質で大柄な体躯と凛々しいその面差しは、いかにも王国を守護する戦士といったような風貌だ。
(わぁ、かっこいい……。こんな人、現実に存在するんだ)
「お、おい! 大げさに褒めるのはやめてくれ。聖剣でもお世辞を言ったりするのか? 照れるじゃないか……」
(えっ?! 僕の声、あなたには聞こえるんですか?!)
顔を赤らめて、剣から目を逸らした男を、周囲にいた者たちが興味深そうな目つきで見つめている。おそらく誰にも聞こえなかった剣の声を、ただ一人聞くことができた彼に、興味を抱いているのだろう。
──ほぅ……、これはまた珍しい
──さすがは聖騎士長様です!
──まさか人間の中に、聖剣の声を聞き届ける者がいるとは思いもしませんでしたよ
男はどうやら、その厳つく精悍な顔に似合わず、恥ずかしがり屋な性格をしているようだ。皆の言葉に対して、どこか居心地悪そうにしている。その彼の表情に、剣は少しだけ親近感を覚えた。
(あのー、すみません。ここはどこですか?)
「ん?……あ、ああ。すまない。ここは聖王国、アヴァロンの王城だよ。私の名前はエドヴァルド。この国の聖騎士長だ。尋ねてもいいかな、聖剣よ。君の名前はなんと呼べばいい?」
剣は、思わず反射的に自分の本名を口に出そうとした。末成剣だと。だが、彼らによると、自分は聖剣としてこの世界に転生したらしいのだ。もしも自分が、「末成剣です!」と宣言しようものなら、「おおぉ! 聖剣、末成剣万歳!!」と喚き散らすに違いない。剣は深呼吸すると、自分の思いつく【THE 聖剣】とも言うべき名前を口に出した。
(僕の名前は……、エクスカリバーです……!)
こうして、彼が新しく生きることとなったこの世界に、聖剣エクスカリバーが誕生したのだった。
*
「炎を巻き起こせ、聖剣エクスカリバーッ!!!」
──ゴォオオオッ!!
エドヴァルドの掛け声とともに、聖剣から噴き出した凄まじい熱量の火炎が、辺り一面を埋め尽くしていく。その火力たるや、まるで火山の噴火のようである。この攻撃を食らって無事な生物など、恐らくこの世に存在しないであろう。
(うひゃ~、すごい威力ですね!!)
「ハハッ、相変わらず他人事みたいに言うもんだ。これもお前のおかげだよ」
聖剣エクスカリバーを手にしてからというもの、明らかに彼の戦闘における攻撃力は増していた。今となっては、エドヴァルドの存在はこの国だけでなく、他国においても知らぬ者はいないほどである。
──聖騎士長、お見事です! 聖剣殿も!
──流石は聖剣とその使い手だな
──我々も負けていられませんね!
兵士たちからは、賞賛の声が次々と上がる。相も変わらず、エドヴァルド以外とは意思の疎通は図れないが、彼が間を取り持ってくれるおかげで、どうにか兵士たちともコミュニケーションが取れていた。
「いや、本当に助かっているよ。お前の──、聖剣の力がなければ、私はとうに死んでいたかもしれん……」
この世界において、魔族や魔物といった存在は極めて厄介な敵である。彼らは人類にとって共通の敵であり、長年に渡り、争いを繰り広げてきた相手だ。そんな彼らを討伐するために生み出されたのが、聖剣降臨の儀であった。
人々の祈りによって生まれた聖剣は、持ち主の魔力を糧にして強力な力を発揮することができる。そして、聖剣に選ばれた者は例外なく強大な魔力を有していた。
しかし、そんな聖剣にも欠点があった。それは、一度でも手にしてしまうと、死ぬまでその繋がりを断てないこと。そしてもうひとつは──。
「んおっ……」
エドヴァルドが、突然尻もちをついた。すでにその光景を見慣れていた兵士の一人、副聖騎士長のグンナルが苦笑いを浮かべながら、彼に向かって手を差し伸べる。
「お疲れ様です、聖剣殿」
「たはは、すみません。グンナルさん」
先ほどまで眉間にシワの寄った、険しそうな表情をしていたエドヴァルドは、一転して申し訳なさそうにしながらも、爽やかな笑顔を浮かべて彼に応えた。
──まるで別人になったようだ。
最初の頃は、そう思われていた。だが、実際には本当に別人になっていたのだ。聖剣を使用したことによる代償。それは、一定量の魔力を消耗すると、聖剣とその使用者の肉体の中身が入れ替わることだった。
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