Artist's commentary
軽巡棲姫ちゃんBride mode
「控え室へ入ると、ひとりの女性が窓際でたたずんでいた。かつて激戦を繰り広げた末に交渉に応じ、私の部下として暁の水平線へと駆け抜けた深海棲艦――「元」軽巡棲姫である。元というのも、彼女の艤装が長きにわたる戦火に決定的な劣化を訴え、やむを得ず解体処分となり、代わりの艤装を使う気にならないと軽巡棲姫が主張して退役したからだ。今その身に纏うのは、普段彼女が着ているような端々が破れ裂けた、まるで過去の「艦」を引きずるようなワンピースではなく、ふたりで選びに選んだ純白の花嫁衣装だった。ドレスのデザインについて三人で(何故か意思疎通が可能だった元気な頃の艤装も加え)徹夜で議論を交わしたことを思い出す。ついに訪れた今日と言う特別な日のことを思うと、胸の中に熱いものが広がる。ああ、自分はこれから彼女と一緒に、新たな一歩を踏み出すのだ……。思わず涙ぐんだとき、振り返った彼女がびっくりしたように息を詰まらせた。おや、と思い、私は開きかけた口を閉じた。てっきりからかわれると予想していたからだ。彼女は無言で細い指先を私の手へと伸ばした。出会った当初は、他の深海棲艦と同じく白い肌が割れて黒々とした皮下組織を覗かせていたが、今では亀裂が消えて陶器のように滑らかなのが長手袋の上からもわかる。手が触れ合い、私は彼女が震えていることに気付いた。この日に至るまで、幾夜も話し合い、彼女が未来への不安や恐怖に怯えているということを知っている。今もまだ拭えないのだろう。しかし、彼女は、まっすぐに微笑みを向けた。ぎこちないが、しっかりとした笑顔だった。私は触れている手を強く握り返し、頷いた。なんとなくそれだけで伝わるはずだと確信したのだ。六月の空から降り注ぐ日差しは優しく、まるでふたりの未来を祝福しているようだった。」