Artist's commentary
おりんくう(発情期)
…あたいは鼻と耳がいい。それは寝ている時でも例外ではない。侵入者に対する本能のようなものだろう。明らかにいつもの夜とは違う音と気配、そして嗅ぎなれた親友の匂いでふと目が覚める。
いつも睡眠だけはしっかり取る親友の事だ。さとり様に怒られでもしたか…それとも苦手な怖い本でも読んでしまったのかな。
…落ち着きとは程遠い呼吸音と、こちらの様子を窺うように近づいてくる足音。いつもと違う。
一緒にトイレに行ってほしいなんてお願いをしに来たわけじゃあなさそうだ。
「………お燐?」
親友らしからぬか細い声。普段なら私が寝ていると分かれば否応なく叩き起こすだろう。
そういえば。最近は散歩が多く、且つ長い時間歩いていたな。〈早まった〉のかな。確かに食生活も…
ふつふつと湧き上がる疑問を解消する答え達にトドメを刺すようにあたいのベッドが鋭い音を立てて軋む。
「お燐……」
躊躇うような、確認するような問いかけに答えてやる事は簡単だ。だがここは少し意地悪をしてやろうかな?
少しの逡巡の間に、親友は既にあたいを覗き込んでいる程に距離を詰めていた。寝たふりはここまで、かな。
「むにゃ…お空…どうしたの?」少しわざとらしく起きてやる。
お互いの吐息が当たるか当たらないか、という距離まで来ていた。とても強く、クラクラする匂いを発している。やはり発情期か…。
「あたい、今日は疲れているからゆっくり寝たいんだけど」
わかりやすく肩をすくめて疲労の色を出す。途端にお空の顔が哀しみに満ちる。
「っ……。お燐……いじわるしないでよぉ…」
意地悪とわかっていた事に多少の驚きを覚える。何回もやったら、そりゃ通用しないか。なら今日は少し強めに引いてみるかな。
「さとり様も、そういう事はなるべく昼に済ませちゃいなさいーって言ってたでしょ?夜寝れないと相手にも負担をかけちゃうからーってさ」
哀しみに罪悪感が混じる。ただ目は少しも逸らさない。
「それにね…あたい、今日はちょっとそういう気分じゃないっていうか…」語句に申し訳なさを滲ませるように尻すぼみに呟く。
「っ……」
荒くなる呼吸。比例するように少しずつあたいにかかる負荷は重たくなってくる。このまま強引に押し倒されてしまいそうなので早めに決め手を出す。
「明日じゃダメかなぁ~…?」
一瞬の間。
「…うぅ…ぐすっ…うぅぇ…」
…驚いた。さとり様に怒られても最近は泣かなくなったお空が、いつもあたいの前では笑っているお空が…。泣いて、いや。泣かしてしまった。
「うっ、嘘だよ~~…お空~~…??」
喉から飛び出るように反射的に出たその言葉はあまりにも弱々しく、お空には届いていない。
自分に対し一つ小さくため息をつく。ごめんね、お空…と呟き、そっとお空の腕にやさしく触れる。
お空の身体が小さく跳ねる。お空の心臓の鼓動が聞こえてくる。身体もとても熱い。初日は耐えがたい衝動に襲われるんだもんね…、発情期って。
今更冗談でもつらく当たってしまった事を後悔する。
「いいよ、お空…おいで」
「…ぉ…りんっ…」
まだ躊躇うお空の背中をそっと撫でる。
「嘘だって。う、そ。ごめんね…お空」
結果としてまた泣かせてしまったが、どうやら気持ちは届いたらしい。お空があたいに身を委ねてくるのがわかった。この態勢は少し苦しいが仕方ない。あたいのせいだしね。
…お空の力で激しく求められると軽く骨はおしゃかになってしまうので、ゆっくり落ち着かせる。
「…落ち着いた?」
「…ん。」
ちょっと怒ってるのかな…? 素っ気ない返事と共に鼻をすするお空。そんな仕草もたまらなく愛おしくなる。
「ごめんってばー……ちゅっ」
謝罪の意を込めた軽い接吻。日常茶飯事な軽いモノだが、今のお空にとってはとても扇情的な行為だろう。
機嫌の悪さはどこ吹く風、はたまた反撃なのか。強く身体を寄せてくる。それに応えるようにあたいもそっと足を開く。
お空の口元から垂れる唾液を受け取る。その軌道をつたい、お互いの唇が触れ合う。優しいが長めに。相手を受け入れるサインだ。
……今日、お風呂に入ってない事を、少しだけ後悔した。