Artist's commentary
妖怪少女のお仕事
■関東の某県某市、ある鉄工所には、月に一回、不思議な客が訪れる。
俺の勤める木下野(こがの)商店の事だが、本当に不思議…と言うより「奇妙」とでも言うべきか。
──端的に言えば、毎回約100kgものアルミ缶を売りに来る、銀髪の、片目の女の子の話だ。
そんな事、親の手伝いとか家庭の事情って事で普通なら流すんだが、あの少女はそういう問題じゃないんだ
いいか?俺はありのままの事を話すが…
その少女は、素手で、しかも片手で、100kg以上のアルミの塊を持ってくるんだ
もう俺が入社してから十年以上経つが、その間ずっと、『十代前半の外見のまま』毎月やってくるんだよ。
最初の一年は妙な子供だと思っていた。アルミ缶を持ち込む姿を遠目に見て、常識が歪むのを感じていた。
次の一年は、ふと見たらボロボロのドレス一着しか持って居ない事に気付いて、訝しんだ。
その次の一年で俺が買取手続きを行う事になり、この少女の外見が全く変わっていない事に気付き
戦慄した。
古参の先輩達や、社長に聞いても笑って「気にするな」とだけ言われた。
それからの数年は、恐怖よりも好奇心が募った。
俺は二十台半ばになり、少女は最初に見た年齢が正しいなら二十歳になろうかと言うのに
相変わらず十かそこらのままだった。
良く見れば、片目の大きな疵さえ無ければ、美少女、と言ってもいい顔立ちをしている事を知った。
そして今日、というか今。
社長とこの少女のやり取りを偶然耳にしてしまったんだ。
「よっ、顔合わせるのは久々じゃない?茂(しげる)。今月も買取お願いしていい?」
「おう、『鬼太郎』じゃないか。確かに久しぶりだな。」
「キタローいうな。私には『さへ』って名前があるの、あんたも知ってるでしょうに」
「あぁ、すまんすまん。それはそうなんだがな…それでもやっぱり俺には、お前が『鬼太郎』に見えるのさ」
「ふぅん……あんた、何歳になったの?」
「…先月で五十六になっちまったよ。『さへ』、お前に助けられたあの日から、もう四十数年だ。」
「──歳、とったもんね。あの頃のチビジャリが、白髪で、皺だらけになっちゃって」
「ああ…そうだな、歳を取るんだよなぁ。人間ってのは…」
「孫も産まれたんでしょ?この間、美冴(みさえ)が見せてくれたわよ。…歳をとれるって、なんだか、羨ましいって思うわ。」
「……そうかな」「そうよ」
「…そうだな」
「…ま、湿っぽくなりそうな話は置いといて…さぁさぁ早く!買取りお願いねっ!」
「──はは、わかったよ、『鬼太郎』。 あ、ここの所はアルミの相場が上昇傾向にあるからいつもより若干高値で買い取れるな。」
「まじで!?」
──そんな親しげな会話をする、五十代半ばの社長と、どう見ても十歳位の少女。
そこには長年の知己とでも言うべき関係があり、社長の眼にはどことなく憧憬が見えたような気がした。
…というか、話のとおりならあの少女は五十歳以上って事になるんだが…俺の耳か頭がおかしくなったのか?
それから十数分で、その少女はそれなりの現金を手にして会社を後にした。
きっと来月も、アルミ缶を集めてまた来るのだろう。
きっと俺が退職する頃になっても
毎月、相変わらずの少女の姿のまま、ここに来るのだろう。
■結局、その日の終業後に俺は社長の居る事務所へ行くことにした。
今日でなければ、きっともう長年の疑問を晴らす機会は訪れないだろうと思ったからだ。
「──すみません、社長」 「ん?どうした、須賀。」
椅子に掛け、煙草を吸いながら窓の外を見ていた、初老に差し掛かりつつある男──木下野 茂 社長が振り向く。
そして俺は、気付いた時にはただ好奇心の赴くままに話しかけていた。
「今日、偶然なんですが、『あの子』と話してるの聞いてしまいました。」
「…そうか、お前昔から気になってたもんな。あいつのこと。」
「そりゃ…まぁ、不思議に思いますよ、誰だって。 もし、差し支えなければ…どんな事情なのか…」
「好奇心か?」「好奇心ですね」
「即答かよ。はは…いいだろう。 そうだな…解り易く言うと、妖怪ってヤツだよ、『さへ』は。」
「…ようかい、ですか?」
「ああ、『ゲゲゲの鬼太郎』とかそういうのに出る、妖怪だよ。何の妖怪かは知らないが、本人が妖怪って言ってるからな。」
「まさか」
──妖怪なんて、そんなものが…
「須賀、『そんなのが居るはず無い』ってツラしているぞ?」「!」
図星をさされて息を呑む俺を、面白そうに見ながら、社長がぽつり、と呟く。
「…今はもう亡くなった親父とお袋、それと俺しか知らない事なんだがな。」
そう言って社長は煙草を一口含む。僅かな間のあと、何かを思い出すように息をついてから口を開く。
「あれは俺がまだ洟たれのガキだった頃だ。何も変哲の無い日の、何も変わり映えの無い家族での遠出でって時だ」
「あの時は暑い夏の夕暮れでな?長野は上高地って所の外れでだ」
「腕が八本もある熊とも猪ともつかない動物に襲われたんだよ。俺達は。」
「親父が俺たちを逃がそうとして五十二針も縫うような大怪我して、俺はお袋に引っ張られて死に物狂いで走ってた。」
「勿論、助かる筈が無いってわかってたんだが親父の事が心配で、足が縺れるわ泣き喚くわ」
「後ろからは例の動物、と言うか、化物が迫る息遣いが聞こえるなんて、そんな時だよ。」
「『さへ』が来てくれたのは。」
「化物の更に後ろ…走ってきた道の先から、突風が吹いて、木の葉が散り飛んだと思ったら
何時の間にか自分とそう歳の変わらない女の子が、その化物を蹴り飛ばしてたのさ。鞠か何かみたいに。」
「そして、起き上がる前に素手で手足を折って、また地面に叩きつけて、最後は腰の刀を喉に刺して終わり。」
「あっという間の、それこそ数秒の出来事だったよ…化物は黒い霧みたいになって消えていった。
その後すぐ、親父を助けてくれって俺が叫んでから取って返して、親父の傷が深いのを見ると
あの黒い服から生きてる包帯みたいなものを引き出して血止めをしてくれてさ」
「俺たちを山裾の病院まで連れて行ってくれたんだ。」
「命の恩人って言う奴さ。」
「そしてガキだった俺にとっては、あいつは、『ゲゲゲの鬼太郎』だったのさ。須賀。」
そう言って社長はもう話は終わった、とでも言いたげに満足そうに煙草をふかしはじめた。
でも、その話を聞いて一つだけ引っかかった事が──確信めいた何かが脳裏を過ぎった。
「社長」「なんだ?」
「奥さんの名前は確か」「…冴子(さえこ)だが」
「…娘さんは確か」「……美冴(みさえ)だ」
「…」「…」
──要するに、そういう話さ