Artist's commentary
記憶の中の少女
今から10年ぐらい前だったと思う。あの広場には唯一の遊具として、古ぼけたブランコがぽつんと置いてあった。人気もなく誰も乗ろうとはしないそのブランコに、いつの頃からか、少女が腰掛けているのを見かけるようになった。それを漕いで遊んでいたわけではなく、ぼうっと上の空で、ただ虚空を見つめているだけで、気がつけば姿を消しているのだった。最初のうちは気にも留めていなかった。だが、それを何度も見かけるうちに、広場の片隅で、ともすれば掻き消えてしまう彼女のことを、意識せざるを得なくなっていた。そしてあるとき私は、彼女との接触を決心した。間近で見る彼女は、私より若干年上に見えた。そして、人間離れした『何か』をその身にまとっていた。至近距離まで近づいても、彼女が私に気づく素振りはなかった。そこで私は意を決して―――
「 」
その時何と言ったのかは、実を言うと覚えていない。だが彼女は、そこで始めて私と目を合わせてくれた。彼女は驚いたような表情で私の顔を一瞥したかと思うと、しかし次の瞬間には、笑顔を―――だが、少し悲しそうな笑みを私に返してくれた。
ここで、私の記憶は途切れている。このあとどのようなやり取りをしたのかも、覚えていない。そしてそれ以降、彼女があの広場に現れることは二度となかった。妙なことに、あの頃の遊び仲間に、例の彼女のことを話してみても、皆一様に首をかしげ「そんな子いたっけか」とのたまうのである。
あの少女は、幼い私が見た幻影だったのだろうか。
今も広場には、あのブランコが変わらず残っている。私の記憶も、変わらず残ったままだ。だからその広場を通り過ぎるたびに、あの時の少女が、変わらぬ姿で戻ってきているのではないかと思ってしまうのだ。名も知らぬ、思い出の中に佇む想い人が―――
人里の青年より聴取 阿求