Artist's commentary
村紗水蜜
はい、そうです。わかりました、それではある日の私について話しましょう。私自身は面白味の無い人間ですが、私の身の回りは面白い人と物が溢れています。あらゆる光は網膜の上で拡散し、あらゆる闇は針の先から光を吸い出しました。飯は美味く、数多の表現が芸術と感じられ、皮膚を剥き肉を剥ぎ骨を砕き心だけになっても人は美しいのでありました。一方私は私が良しと思った物の影を影絵のように指で真似る事しかできません。私を優秀だと言う人はいますが、それは私ではなく、私が真似た別のものを褒めているに過ぎないのです。枕や掛物を多少色変えることこそできるものの、所詮は私の敷いた布団ではありませんでした。私が誰かにする親切、色恋文句、煩悩の解消でさえ誰かの話芸の模範でありました。頭を捻るというよりは海馬を練り殺し、感情だけで削りだした所は、既に誰かが掘った穴でありました。私の個性ではなく、私が作り出した個性だと気付かれてしまう日が来たとして、色即是空。しかしその時始めて自分を諦められるのではないかと、期待と恐怖が交叉した奇妙な念を抱きました。が、私はどうしようもなく意固地でありました。止まることを知らず、歯車になれば良かったものが、貝独楽のように反発しながら回るだけでありました。それから幾日のことであります。指差し笑い、それでも好きだと呟くその人を到底理解できませんでした。ただ今になって思えば、その人は私に触る手段として、あらゆる口上からそれを選んだのだと思うのです。私にそれが必要だと知って。悔しいですが、会って間もなくして当人より当人がすべき事を見抜ける人であったのです。そのような人が居ると知れたこと、それ自体幸運なのですが。まさか身の上に加わるとは輪をかけて幸運でありました。もちろん、当時そうは思えなかったのですが。私は、莫迦でありましたから。私はやがてその人の巧みさに気付くにつれ嫉妬をし、憧れ、敬い、恋をし、またそれらは無自覚に行われたのでありました。ええ、赤面の至りでありますが。そのままの意味なのでございます。その人本人に関しては―私が全てを知っているわけではありませんが―またの機会に話しましょう。或いは本人から話を聞けるかもわかりませんね。何分お喋りな人でありますから。 @以上は画像の解説ではなく、高校の頃に制作した同人誌からの抜粋です。